ホーム > 新着情報 > 新着情報詳細
 

新着情報

 

被災地報告 陸前高田市 宮崎利長

 

         東日本大震災被災地から                  

                   陸前高田 
                      ㈲第一印刷 宮崎利長

 まず始めに、世界の各支援財団、団体、自衛隊、警察、機動隊、消防、ボランティア、その他あらゆる機関等に感謝申し上げます。

 ここ村上弘明、千昌夫の郷土、岩手の湘南「陸前高田」、風光明媚な白砂青松の高田松原も3月11日14時46分激しい横揺れの地震、そしてその30分後の25mを越える大津波で9,000人の商店街は一瞬のうちに波にのみこまれた。その日私は普段どおりに昼食をとった後、集金、配達、原稿取りにと、外回りをしており、宮城県方向に車を走らせていた。

 その時である。握っていたハンドルに違和感を覚え、周りを見るとほかの複数の車が路上で止まり、私自身もブレーキペダルをこれでもかと踏み込んで横ずれしないように約一分間ほどその状態でした。揺れがおさまり、配達だけは終えようと県境を過ぎて目の前に入ってきたのは民家の屋根瓦が崩れ落ちている光景。これは大変だと、お客様との話もそこそこに会社に急いで戻りました。
 着いたのは地震後約18分ぐらいだっただろうか。当然、従業員は避難して誰もいない。鍵を開けて中に入ってみると仕事途中の紙、インキが周り一面に散らばっており、重い裁断機は45°の方向を変え、手の付けられる状態ではなかった。一人で片付けてもどうにもならない。避難解除になったらみんなで片付ければと思い、鍵をかけ外に出た。2人の社員がどこからともなく来て、「社長、私を車で乗せていってください」とのこと。一人は私の車、一人は自転車で帰った。従業員を送る途中、会社から車で2分の私の自宅に寄った。妻から「大事なものは持った」という言葉を聞き、安心して「従業員を送ってくるから」といい、自宅を出ました。

 その6、7分後、大津波が襲来。

 私は高台を走行中、海から波が盛り上がり、防波堤を乗り越えてくるのが見えた。
「あっ!家族は大丈夫か!?」と思いながらも途中で従業員を降ろし、自宅のほうへ戻ろうとしたが、街内のほうに入れる状態ではなかった。
 「高台にある私立第一中学校(以下、一中)へ行けば街の様子がわかるはず」と思い登り着いて目にしたのは高田の街、今泉の街の変わり果てた姿。想像を絶する光景に唖然とした。海面が足元にまで見える。約5,000戸の建物のうち、見えるのは5階以上の4、5軒のみ」。すべては海面の下に沈んでいるのだ。携帯電話で妻や息子に連絡をしてみるが通じない。
 「今、・・・何が起きたんだ!」「今、・・・私は何をしているんだ!」という思いが頭の中をめまぐるしく回る。
 
その日、家族の安否は確認できず、そのまま一中で暖をとりながら、一杯の水で夜を明かした。

 それからは人の情報のみで、街のほうに見に行くすべはない。5~7日ぐらいしてから、やっと街のほうに行けるようになった。歩みを進めど見渡す限り瓦礫の山々が続く。覚悟はしていたものの、264㎡の自宅は完全に流され、残されているのは基礎のみ。思いでも何もかもを失った。その足で会社のほうに向かい、「たしかこの辺だった」と見て回ったが、ここもコンクリートのタタキがあるだけで、社屋(330㎡)はものの見事に流されていた。重量機4台、裁断機、カーボン機、折り機、その他の機械も跡形もなく消え、ただ立ち尽くすばかりだった。
 本社、工場、自宅、家族5人、そして私の人生60年間で築き上げたたくさんの友人、知人、お得意様を失い、これからどうしたらよいのかと考えていたとき、従業員から徐々に情報が聞けるようになり、従業員1人が行方不明との報に、さらに身が固まる思いだった。
 年度末で忙しい時期、データ、原稿、資料、完成品、半製品、学校閉校記念誌、印刷途中の物、約300連の白紙と約400Kのインキ他、感材、封筒、カード類すべてが流されてしまう損失。ま坂の坂、あのような大津波が来るとは思いもしなかった。
 3月31日、従業員全員に連絡がつき、3月分の給与を支払い、今後会社をどうするのか?廃業するのであれば、失業保険の手続きと退職金を払うと言ったら、全員会社を続けたいとのこと。
 それからは従業員の家族と私自身の為にも気持ちを強く持って立ち上げたいとの思いで1カ月間、仮設の事務所兼工場や機械の手配、紙問屋、機材屋との連絡の日々が続いた。

 そして関連業者さんの協力と支援のもと、なんとか再建することができ、現在進行中でおります。

 以前の設備には程遠いかもしれませんが、皆様からの元気と感謝をいただき、励まされ、商店街や会社、地域住民と一丸となり努力と協力の輪を持ち、助け合いながら前進していきたいと思います。

 最後に、お客様から預かった貴重な資料、写真、原稿等を消失してしまったことは大変申し訳なく、取り返しのつかないことになりました。心からお詫び申し上げます。

        仕事大好き!
         仕事最高!
   我が郷里。わが街。人、仲間があってこそ!

平成23年6月7日

2011.06.09 更新

Copyright (C) 2009 Iwate Printing Association